先日から、脳梗塞後発病後10年になる、右片麻痺の患者様の訪問を初めました。
その方には一年前に1カ月訪問した後「身体の力が抜けて歩きにくくなった」と断られた方で、今回は再開の依頼をして下さったのです。
脳梗塞の後遺症では、
一つ一つの筋肉がそれぞれ個別の働きをすることができず、一つの大きな動きとなってしまいます。
手を動かそうとすると、肩・肘・手首・手指関節全てが同時に働いてしまうために、なかなか実用的に回復することが難しいのです。
足の場合も同じで、なんとか歩くことが出来ても、複雑な動きの回復は難しく、力を入れ、足を一本の棒のように固めることで、歩行を可能にしている方が多いように思います。
これを専門用語では、共同運動といいます。私の説明だけではわかりにくいかと思います。参考にウィキペディアから引用しておきます。
共同運動(きょうどううんどう)とは、脳梗塞や外傷による後遺症の一つで、特に回復期に認められるものである。発病の当初は随意性を喪失していることが多いが、やがて肩・肘・手指全体を生理学的な屈曲あるいは伸展方向に同時にのみ動かせる運動だけができるようになりこれを共同運動と呼ぶ。続いて各関節を単独で動かせ、さらに回復が進めば、複数の関節を屈曲・伸展逆方向に同時に動かすことができる複合運動が可能になる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E5%90%8C%E9%81%8B%E5%8B%95
このような状態が続くと、麻痺側のみならず、健側も含めた全体の柔軟性が失われ、やがては歩行困難になったり、血流不全による浮腫から感染症になるなど、二次障害を併発してしまわれることになったりします。
なぜなら、そもそも筋肉というのは、
基本的には相対する二つの動きから成り立っていて、
その伸び縮みによって関節を動かしているので、
一方向だけの動きが強ければ、骨格の変形など様々な影響が出てくるのです。
また、このような状態を痙性麻痺(けいせいまひ)と言い、
脳卒中など、中枢性の麻痺が起こす状態で、
この状態の改善がリハビリテーションにとって大きな課題となっています。
こちらもわかりやすく書かれた説明をのせておきます。
痙性 / Spasticity
痙性は麻痺に伴う副作用で、軽度の筋硬直から、重度の脚部運動制御不能まで、各種の痙性があります。症状には筋緊張の増加、急激な筋収縮、深部腱反射亢進、筋肉の痙攣、鋏状脚(無意識な足の交差)、関節の固定が含まれます。
https://www.christopherreeve.org/ja/international/top-paralysis-topics-in-japanese/spasticity
特定の筋肉が継続的に収縮した状態と定義されることもあり、この硬直によって、歩調や身体の動きや発話が妨げられることが起きてきます。
私は、このような痙性麻痺と共同運動に苦しんでおられる方の治療をする時は、
中枢性の麻痺に対する治療という観点ではなく、
継続的に収縮した一かたまりの筋肉を再分化、
つまり、もとの一つ一つの筋肉に揉みほぐしていくという考えの元に治療を始めていきます。
というのも、筋肉が元々の働きどうりに働かず、
代償的に働いたり、
一体化して弾力性を失っていくことは、
なにも痙性麻痺の時に特別に現れる症状ではないからです。
一番身近にある例だと、肩凝りの筋肉の状態も同じようなものだと考えています。
ただ肩関節という可動性の少ない場所と、
手足という可動性の大きな場所の筋肉の違いが見た目には全く違う印象を与えますが、
継続的に収縮した結果である筋肉の状態はよく似ていると考えています。
ですから、リハビリテーション医学の世界では、
痙性麻痺による筋収縮を改善するために、
様々なテクニックが考え出されたり、
シワ取りに使われるボトックス注射が行われたりしていますが、
私の経験では、
肩凝りをほぐすように、
一つ一つの筋肉を丁寧に揉みほぐしていくことで、
かなりの効果が得られると考えています。
ただ、痙性麻痺の治療をしたことのある人や、
身をもって体験されている方ならわかると思いますが、
強く揉めば揉むほどに緊張が強くなったり、
縮んだ関節を伸ばそうと力任せに引っ張れば、
ますます縮んでしまうので揉んでどうにかなるとは考え難いかもしれません。
このことこそがコリをもみほぐすためには、
力技ではなく、
まず緊張を取り除くことが何より大切だと考えるきっかけを与えてくれたように思います。
筋肉が一かたまりの硬い固まりの様になっている時、
筋肉ではなく、
まず表面の筋膜が緊張し硬くなり、
中の筋肉を覆っているのです。
ですから、まず筋膜の緊張を緩めることが大切です。
この筋膜の緊張を解くことが最も難しいことの一つではないかと考えています。
鍼治療はそれに対しては、とても効果的です。
鍼治療が出来ないマッサージ師の私は、
鍼の刺激の深さに到達するには、
鋭い深い指圧が必要だと考えていたため、
「痛いけどごめんなさい」と言いながら筋膜のねじれや緊張を解くために、
力の治療を続けてきました。
効果がないということはありませんでしたが、
痛みを伴うことが悩みの種でした。
ですが、実は、皮膚の表面への最も柔らかな刺激が、
心地よい刺激であり、
また私自身の労も一番小さく、かつ、最も効果的であったのです。
(これは自分で発見したのではありません。このことは、またいつか、きちんと文章にしたいと考えています。)
筋膜の緊張が解けたら、
少しずつ筋繊維の中に指を入れ、
筋繊維がこんがらかっているところをほぐしていきます。
痙性麻痺が強ければ強いほど、
筋膜の緊張をとることも、
筋繊維の間に指を入れことも容易ではなく、
根気よく治療を続けることが必要です。
しかし、肩凝りの治療のように、
ストレスや長時間のデスクワークで凝り固まった身体を1ヶ月〜半年、
あるいは一年以上の時間をおいてほぐしていく「作業」に比べれば、
一週間に1〜3回を継続的に関われる脳卒中後遺症の治療の方が、
私にとっては「楽な作業」だと感じています。
脳卒中後遺症の方のリハビリにとって、
痙性麻痺を軽減することは治療のゴールではなく入り口です。
柔らかくなった手足をより使いやすいものにしていくには
その先の訓練が欠かせませんが、
硬いままよりは柔らかい方が、
全体が楽であることに間違いないと思います。
今回、再開を依頼して下さった患者様のご希望は、
足が背屈すること、
つまり足首が自由に動くことと、
肩から手首の動きの出現です。
なんとか鉛筆が使える指にまで回復されているのに、
肩から手首にかけては、
鉄の塊が付いているようだと感じておられるのです。
一年前の失敗は、
私が性急に患側の改善を図ろうと刺激量が多すぎたことと、
全体のバランスを欠いた治療をしたことだと反省しています。
ですから今回は、
ご本人の訴えから、
一番遠い場所からほぐしていこうと考えています。
一番遠い場所とは、健側の体幹です。
なんとかお役に立てるよう頑張っています。
コリの正体と格闘すべき相手の話から遠ざかりましたが、
凝り固まった状態の治療の中では、
片麻痺の治療も、
肩凝りの治療も基本的には同じことだったのです。
屈筋と伸筋(あるいは抗重力筋と従重力筋ともいえます)という
二つの筋肉のバランスの崩れた結果生じた状態という意味では全く同じ。
あるところでは、強い力が必要になる時もあります。
しかしその緊張を取り除くには、
まず最も小さな刺激が、最も効果的であり、
その先にこんがらがった筋繊維をほぐす道が伸びているのです。
コリという「敵」と闘うのではなく、
コリを抱えた、
あるいは苦痛を抱えた身体を治療させていただいている、
という気持ちを基本に持ち続けることが、
患者様の身体丸ごと優しい気持ちで包みこめるような治療を生み出し、
そしてその先に本当の癒しがあるのだろうと思います。
まだまだ未熟で、毎日が発見の連続です。
患者様の訴えにいつも謙虚に向き合える治療師でいたいと考えています。
どうぞよろしくお願い致します。