先生であることのこだわりがとけた時

仕事を始めた頃は、まだ二十代で、「先生」であることや、「与える側」でいるために、必死だったように思います。障害老人があきらめた人生に希望の光を見いだせる力になりたいと思っていたような気がします。

でも、五十歳になろうとする今は、マッサージという専門分野において私が「先生」であるのは変わらないですが、生きた時間の長さや人生経験において患者様から教わることが多く、「先生 ― 与える側」「患者様 ― 与えられる」という一方的な関係ではなく、お互いに様々な側面を出しながら付き合えるようになってきました。

こんな風に思えるようになったのは、ゆうこちゃんとの出会いが大きかったように思います。

ゆうこちゃんは、もう亡くなられた患者様の息子嫁だった人で、歳が近いことや、子育ての悩みが似てることなどから、患者様が亡くなられた後も、お付き合いが続いていて、一年に一度くらい、会って話をします。

先日がその日でゆうこちゃんと6時間も呑んで話していました。お互いの毎日の仕事のことや、家族のこと、友人の話をしているとあっと言う間に時が過ぎました。

患者であるゆうこちゃんのお義母様は、一代で会社をおこした社長で、アルツハイマーを発症され足腰が弱ってきたのでマッサージでもと依頼をして下さいました。この患者様とそのご家族との付き合いは、それまで経験してきたどんな仕事とも違いました。

例えば、患者様が人に物をあげることで自尊心を保ってきたからと毎回お菓子などのお土産をたくさん下さいます。こんなにいらないと断っても、ゆうこちゃんは「お義母さんがないと落ち着かないからもらって」と、お持たせ用の袋まで下さるのです。

一般的な考えややり方とは違うのだけれど、なるほどとも思えるのでそれ以上言えなくなりました。

「先生」として何か与えられないかと考えるものの、ゆうこちゃんのアルツハイマーのお義母様との付き合いや、私に対する気遣い、他の関係者との付き合い方など全てが、私の経験や考えを超えていました。日々、お義母様が穏やかに過ごせるように、考えられる最善の方法を自分の労も惜しまずにこなされていて、私は「ゆうこちゃんの世界」の一登場人物だったように思います。そのうち、不要な気負いがなくなって、知らないうちにただ「ゆうこちゃんの世界」を楽しませてもらうようになりました。

おそらく、その楽しんだ時間が、私の中の「先生」であることへのこだわりを吹き飛ばしてくれたような気がします。

その患者様とは5年ばかりの付き合いでしたが、その間に、息子様が先立たれ、患者様は施設入所されました。その大きな環境の変化の中でもゆうこちゃんは、誰も想像できないやり方で、お義母様や関係者と付き合いを続けていかれました。

そんなこんなで、ゆうこちゃんのおかげで、訪問マッサージ師とそのご家族という垣根も、超えたことすら気付かない間にするりと超えてしまっていました。

それで、患者様が亡くなられた後もたまにお会いして話をします。

ゆうこちゃんとの話は、たとえていうなら――お醤油みたいに馴染みの深い調味料の中に見たことも聞いたこともない異国のスパイスが混じってる――感じで、教えてもらうことばかり。少し年下の私ですが、苦労の多いゆうこちゃんの幸せをいつも願っています。

ゆうこちゃんにもらった東京土産。
みんなで美味しく頂きました。ごちそうさま。

虫の目、鳥の目で繊細な治療

自分に照らして相手を理解しようとしてきたのが、わたしの数々の過ちの原因だよとソーシャルワーカーの先輩にご指摘いただきました😭

ありのまま、まるごとを受け取るということは自分を基準にしないことらしいです…

「♪ありのままの姿みせるのよ♪ありのままの自分になるの🎶」
うまく行かないことがあると、いろいろ考えてありのままの自分でいいともとても思えませんが😩

私たちの業は、盲人の人たちの職業の選択肢の一つにもなっています。目には見えない身体の奥を探る力が何より大切な力の一つになるからです。しかしこれは簡単なことではなく、ある程度の訓練が必要なので、私たち晴眼者と同じで、資格を得たからと言ってすぐに収入を得るチャンスが得られるわけではありません。

先日の訪問マッサージであら稼ぎという記事は実は全く事実無根という話ではなく、私が知る一番ひどい業者は、患者である老人だけでなく、盲人の施術師をも食い物にしているようなところがあります。

そういう業者の多くは、マッサージ師の資格を持たない経営者で、テレフォンアポインターや営業を雇い、広く患者を集め、専属の医師と契約し同意書を用意し、運転手をつけて盲人のマッサージ師を訪問させています。

請求金額が大きく違うわけではないので、営業の人の給料やお抱え医師への報酬や利益は、往療費の高額な請求や施術師の低賃金で賄われているのだろうと考えられます。

このような治療院から実際に訪問を受けた方から話を聞いたわけではないので、本当のところはわかりませんが、施術の内容を大切にしているようには思えません。

また万が一何らかの違反や保険の不正で摘発があった場合、罰せらるのは、経営者ではなく、国家資格を持っている施術師になります。

そのため、このような治療院で働いていて、やり方に疑問を抱きやめてしまう人も多いようですが、盲人の場合、運転手付きという条件に合う仕事が他にないこともあり、仕事をやめられないという話を耳にしました。

どこの業界にもある話かもしれませんが、小さな個人事業主が多いマッサージ業界においては、大手の参入に勝つことは難しく、またこのような大手の業者のあおりを受けているように思います。

そんなこんな状況の中で、私には絶対に負けたくないものが二つあります。

一つはこのような利益優先の大手の業者です。

もう一つは、最近ますます性能のよくなったマッサージチェアーです。

治療の基本は、手当てであり、心です。人の温もりを大切にできない業者や心のない機械には負けないようにがんばりたいと思っています。

物事を時には虫の眼でみないとわからない。
また時には鳥の眼を持たないとわからないことがある。
広い心で細やかで繊細な治療をめざします。

 

マッサージ療養費について

2017/2/20付け京都新聞に鍼灸マッサージ師の保険請求についての記事が載りました。

ニュースのポイント「知ってナットク」――マッサージ療養費の不正請求って?と題された、時事問題をわかりやすく解説する2人の会話調で書かれた記事です。

記事そのものは京都新聞のサイトで掲載されていないので、興味のある方は図書館で実際に読んでみてください。

私はあまりにひどい内容に悔しくて涙が出て来ました。

マッサージ施術が本当に医療保険として意義のあるものかと考える医師が多いのは残念ながら事実です。

しかしそれでも、この記事はあまりにも悪意に満ちているように思います。

見出しはこうです。
『高齢者訪問施術で荒稼ぎ 』
マッサージ師は本当に、高齢者訪問施術で荒稼ぎしているのでしょうか?

記事には『一定の条件を満たせば保険が使える』とあり、マッサージ師が保険を使うこと自体、何か問題があるように、私には読めます。

一定の条件も何も、医師が医療マッサージが必要という判断がない限り同意を得ることはできませんし、保険治療をすることは出来ません。マッサージ師は自由に保険を使える資格はないのです。

また、私たちの請求できる金額は、
一局所 285円。
左右上下肢・体幹の5局所が最高金額。

何局所請求できるかは、医師の判断によりますから、285円〜1425円。
これは患者さんの自己負担ではありません。10割の金額です。

私たちの保険は療養費払いと言って、普通の医療保険とは違い直接保険者に請求できる権利がありませんが、患者さんの便宜のために施術者が代わりに請求する方法がとられています。

この記事によると、
『その際、患者にわからないように金額を水増しするなどの不正があるのです』
とあります。

患者にわからないように不正する施術者がいるのは確かです。

しかし、これは療養費払いだからでしょうか?

医療保険の不正請求は私たちマッサージ師だけではありません。医師や薬剤師の不正使用のニュースを耳にすることもよくありますし、金額は桁違いで、療養費払いは関係ないように思います。そうではなく、個人の倫理観の欠落からくるものではないかと思います。

また『具体的な手口』については、『患者は 高齢者が大半を占めます。老人ホームへ出向いて施術する際の出張料を狙う手口です。』と書かれています。

ここまで読むと、老人ホームへ出向くこと自体が詐欺を働いているかのように受け取るのは私だけでしょうか?

老人ホームに入所した老人に訪問マッサージをすることはいけないことではないはずです。

そして実際の『手口』については
2キロ未満は1800円からの算定(2キロ増すごとに800円の加算なのです)になることは書かず、
『6キロから16キロが4000円余り』とわざと大きい数字に書き換えて、『悪質』でない業者も訪問施術自体が『公金を食い物に』していると読めるように書かれているように思います。

そして実際の不正の額ですが、『9年間で、5万5千件、約9億5千万』とかかれています。

9億と聞けばとても多いように思いますが、一年あたり1億円。

一件あたり約1万7千円の不正額です。不正はもちろんいけませんが、個人の倫理観を持たない悪質な業者があら稼ぎしている金額は、一件あたり1万7千円となります。

これが他の医療保険、介護保険サービス提供者と比べて突出した悪質さといえるのでしょうか?

また何を根拠に『氷山の一角』なのかこの記事には書かれていません。

悪質な業者がいるのは確かですが、往療費でしか請求できない施術料の低さがその温床になっているので、それを変えてもらいたいのは、誰よりも私たち自身です。施術費を適正な金額にし、往療費の加算をなくせば、マッサージ師の不正使用の可能性は限りなくゼロに近づくと思います。
最後に参考までに私たちの療養費が高いか安いかを比較していただきたいと思います。

私たちには、時間の制約はありません。個人個人の考えでしていますから、『悪質な』場合は10分というところもあるかもしれませんね。

私は30分を目安に施術しています。局所数、距離数により請求できる金額が違いますが、一件あたり、2085円〜4825円の間で請求をしています。

ちなみに、医師の訪問管理料は月二回で58600円。
月一回で12600円。

訪問看護師は一回9620円(訪問時間、疾病により加算されていきます)。

薬剤師の訪問管理料6500円。

訪問介護(ヘルパー)30分未満2540円。30分〜60分4020円。

時間や患者の状態で様々細かい取り決めがあり、この数字は参考程度と考えて下さい。
こういう記事の根底にはマッサージ施術は医療にとって不要であるという考えがあるのかと思います。

でも、自分が老人になったとき、不自由な身体を抱えて生きざるを得ないとき、一番欲しいものは何か考えてみて下さい。

私の個人的な考えですが、人は歳をとればお迎えが来るのは自然なことです。長生きが必ずしもいいわけではないと思います。人工透析や胃ろう、ガンの治療などの方が、立派な医療であっても無駄なお金になることもあるのではないかと思います。
ターミナルに入った方の多くが、どんな訪問よりもマッサージを待っていると言って下さいます。

また、血行を良くすることは感染症の危険性を遠ざけます。床擦れや尿路感染症、肺炎の治療代に比べれば、それを未然に防げれば、医療費の軽減に結びつくでしょう。
リハビリが医療費の高騰を防ぐ一番の方法であることは明らかであるにも関わらず、私たちはいつも【悪質な業者】扱いです。

高齢者の増加とともに、在宅サービスの業者も増加しています。増加に伴い、サービスの質がピンからキリまでなのは、私たちだけではないように思います。

本当に現場で起きていることを取材に来て欲しいです。

在宅生活を送る老人たちの本音は何処にあるか、私たちがこれほど、医師や保険者から厳しい対応を受けても消え去らないにはワケがあると思います。
身体に触れながら、30分の時間をともに過ごすことがする側にもされる側にも、他にはないものを生み出すように思います。

医師は長い時間をかけ、専門的な勉強をし、全ての責任を負う身で診療にあたられています。それは一番多くの診療報酬を得るに相応しいことだと思います。しかしわずかの時間でわかることには限りがあることもあります。

もちろん私たち自身が襟を正し、医師と連携の取れる体制を強化することや、倫理観を確かに持ち合わせていくことなど、様々な課題を抱えていることは確かです。

けれど、聴診器も当てない、触診もほとんどない医療の中に、薬やリハビリ・体操以外のマッサージという選択肢があることは、全ての人にとってステキな未来じゃないかと思います。

寝たきりで、寝返りさえままならなかった方。訪問を始め、座位が安定し、発語も増えた。喜ぶご主人の誉め殺しにあいながら期待に添えるよう全力で治療してます。