泡の話に疲弊したこと

2月の終わりに新しい仕事の話が舞い込んでいて、浮かれ、そしてその話は泡と消え、落ち込んでいる間に、時が過ぎ、もう4月も半ばになり桜が散ろうとしています。

泡の話は、蓋を開ければ詐欺まがいのものだったので、お断りしたのですが、楽なお金儲けに吸い寄せられ、夢見心地になった自分自身に、ガッカリすると同時に、気がつかなかったけれどいつもギリギリの緊張感で治療院を続けてきたんだなと、なんだか自分自身が少しかわいそうだったり、感心したりと思えた出来事となりました。

それは、マッサージの専門学校の同級生で大阪で働いている友人が、自分の治療院の社長が、京都の有料老人ホームで訪問マッサージに行けるところを探しているので、私のところで対応できないかと問い合わせてくれたものでした。

彼は、大阪の生活保護の方ばかりを入所させている老人ホームへの訪問マッサージをしている治療院に勤めています。

彼の仕事先の老人ホームは、なんだか少しヤバい匂いがすると思っていましたし、その社長が探していると考えると、少しヤバい繋がりかも知れないと不安な気持ちにもなりましたが、在宅の仕事が厳しさを増している折です。老人ホームへの仕事はとても有難い仕事先となるので、有り難く引き受けようと考えました。

それで場所や規模など詳しく内容を聞いているうちに、私の今の仕事のエリアから少し遠いこと、患者さんの数がある程度あることなどから、私の治療院だけでは対応しきれそうになく、一緒に入れる治療院の先生方と協力して展開していけたら、楽しい仕事になるのではないかと頭の中で展開を巡らせていました。

有料老人ホームに多く入っている大手チェーン治療院は、施術の内容より、作り上げた制度や数での対応、もしかしたら収入の何割かのキックバックなど、患者サイドではなく、経営者にとって都合の良いことが一番のメリットとなっているのではないかと考えてきましたので、私たち個人経営の治療院に、中身で勝負出来るチャンスが巡ってきたのではないかなど少し夢を膨らませてもいました。

ところが、さて、実際に訪問についての具体的な話をするという段になり、老人ホームではなく、仲介業者と話をしてほしいという事になりました。

やっぱり、そんないい話はないんだなぁとガッカリしましたが、仲介業者の仕組みを知ることができるのはラッキーな気もしましたし、少しのキックバックなら、在宅での訪問マッサージが立ち行かなくなった時の担保に、いい話かもしれないと考え、その業者さんと会う約束をしました。

約束に現れたその人は、大阪に本社をおく薬局チェーン店の若い営業の方でした。

その会社が訪問鍼灸治療院と、人材派遣事業も営んでいて、その上に鍼灸マッサージ治療院を対象とした会員制のネットワークを全国で800件組織していて、老人ホームの訪問鍼灸・マッサージの仲介業務を行っているということでした。

有料の会員登録をすると、人材派遣事業の信頼関係を使い、必ず同意書を書いてくれる医院を紹介することが出来る。一枚1万円(6か月有効)の手数料を取るが、医師は、会社の信頼関係があるので、お金のやりとりはなく、一般的な受診をすることで同意書を書いてくれる関係を築いていると言います。

また、今回の老人ホームへの訪問の話も、このネットワーク内の治療院が他地域への進出に伴い訪問ができなくなるため、代わりに訪問してくれる治療院を探しているということでした。

つまり、ネットワーク内の他の会員治療院から仕事を紹介してもらい、紹介手数料として、施術代の4割をその治療院にバックすること。
その代わり、私の仕事に問題が生じた時も、他の治療院を紹介してもらえて、施術代の4割をバックしてもらえるというシステムになっている。人材派遣会社のような制度で成り立っていることでした。

キックバックの4割は、小さくはありませんが、従業員の立場からすれば、私が仕事を作れないので他所の治療院に働きに行くと考えれば、従業員にとっては悪い話ではないように思いました。
その上、スタッフが立ち行かなくなった時に、従業員の心配をすることもなくなり、雇うより「お手軽に」「儲け」が出るのです。

その上に、同意書問題は、一挙解決です。
少なくない治療院が医師と提携を結び、地域も離れ、主治医でもない医院から同意書を得ている事実を見聞きしてきましたし、またそれを厚労省は問題にしていて倫理上よくないということも知っていましたが、私が望んで手に入れようと努力したわけではなく、期せずして「奥の手」が転がり込んできたそんな気持ちになりました。

目の前の営業マンは、マッサージや鍼灸の技術や患者さんのことなど大きな問題ではなく、大切なことは、如何にお金を儲けるかそれだけが大事というオーラを全身から出しています。

私は、今まで、自分の労力より技術や患者さんのことばかりを考えて、茨の道を歩いてきたことがなんだかバカらしく思えて来ました。

こんな楽なお金儲けがあるなら、もう頑張れないかもしれないし、もう頑張る必要もないかもしれないという気になりました。
全身から力が抜けてしまったのが自分でもわかりました。

それでも、こういう大事な話を即断してはいけないという理性は残っていたので、その場で考えられるリスクや疑問を質問し、なお少し考えてから返事がしたいと言いました。

お金儲けが一番というオーラ全開の営業マンは、今日に契約まで持ち込みたいというオーラをさりげなく出して来ました。

これは明らかに赤信号です。頭の中で、この営業マンと話しながらチェックして来た赤信号のサインを思い返しながら、詐欺師の手口だなと思いましたが、私を包み込んだ多幸感は大きく、まあいいかという気で仮契約にサインをしました。まだ少し残る理性で、お金さえ払わなければ問題はないという計算が働いていました。

仮契約を結び、話が終わった後、お金儲けが一番というオーラ全開の営業マンは、出会いの縁の素晴らしさを何度も口にしました。急にお金より人生を語り、出会いの縁や私の人生に興味のあるフリを始めたのです。

それは、わたしの赤信号をさらに点滅をさせました。
ますますあやしい。
契約に漕ぎ着けた後、優しいフリをするのはまさに詐欺師そのものだと思いました。

その上に、お金の支払いは、現金を用意するように指示されました。
現金ということは証拠が残らないという、まさにヤバいやり方です。

しかしながら、私を包み込んでいた多幸感は本当に大きかったので、その時は全ての赤信号を無視してしまいました。

治療院を出て、すぐに、夕飯中の家族に事の次第を報告ました。本質を見抜く能力に優れている長男が
「クソみたいなやり方やな」と吐き捨てるように言いましたが、まだまだ多幸感いっぱいの私は、必要な理由を話して彼の意見を制しました。

それから、全ての用事を済ませ、寝床に入って、ようやく冷静さを取り戻しました。

一番気がかりだったのは、自分のやり方を曲げて患者さんと関わることや医師の倫理観を無視し、医療保険制度の悪用に足を踏み入れる自分を、私は受け入れられるのだろうかということでした。

あったはずの多幸感はすっかり消えていました。

最初の電話の応対から全てを思い起こし、チェックした赤信号を冷静に思い起こしてみました。

本当にいい話なら、詐欺師まがいなことをする必要はないのに、詐欺師のやりそうなことを次々としていたことを思い出しました。
だんだんと会社自体が実在するかどうかも不安になってきました。

次の日の朝一番の仕事は、私の指南役の患者さんへの訪問からでした。
最初から、この人に相談して、やめるように言われたらやめようと決めていましたが、果たして、事業内容を話した時点で

「詐欺ね」

と言われしまいました。

詐欺師もどきな態度などと言う些末なことではなく、話し自体がねずみ講的なネットワークビジネスだし、それは
「美香ちゃんの本道ではないでしょう」と言われました。

本当にそうです。

今までの自分の歩みを自分で踏みにじるようなことを受け入れようとした自分自身をとても恥ずかしく思いました。

すぐに営業マンに電話をしました。

せっかくですが、やはり自分のやり方を曲げることは出来ません。茨の道を歩きますので、今回のお話はなかった事にしてください

という私の断りに、
その営業マンは、

「4割が多いならなんとかしてくれと正直に言ったらどうですか」

と、相変わらず私の茨の道とはまるで接点のない返答をしながらも、とりあえず四の五の言わず、仮契約を破棄してくれました。

今となっては、あの営業マンは、詐欺師でなく、実在する会社で、私に話したことのいくつかは本当のことで、いくつかは会員にするための大風呂敷だったのかなと思います。

しかし、訪問マッサージというビジネスに鍼灸マッサージ師の資格者以外が参入し、営業力のない鍼灸マッサージ師を食い尽くすという今起きている現実を目の当たりにしたのかなと思います。

「あんたも丸いなぁ。そんなおいしい金儲けがあるなら、なんで人に勧めるんや。あるわけないやろ」
私のもう一人の指南役の患者さんに事の顛末を話したら、鼻で笑われしまいました。

お金儲けの道は茨の道で当たり前ということですね。お仕事を頂けて、毎日働けていることに感謝したいと思います。

そして、ケアマネジャーさんや医師、保険者、老人ホームの経営されている方々には、私たち個人経営の小さな治療院の持つ治療力は、小さなコストで患者さんの心身の健康を保障する大きなパフォーマンスを示すため日夜努力していると言うことを知っていただきたいと思います。
お金第一主義の治療院とはまるで違う発想で生きているのだと思います。

その上で私たちに仕事をいただければこれ以上の幸せはないと思っております。

本当にバカで、バカな自分にうんざりしますが、ますます精進し、茨の道を邁進する所存です。
どうぞよろしくお願い致します。

心に大きな根を生やしたい。

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