先日、96歳のお誕生日を迎えられた患者様がいらっしゃいます。
この方は、80歳の時に脳梗塞を発症され、動くのだけれど力が上手く入らない左不全麻痺になられています。
でも、食事や更衣など、ご自分のことは大体自分で出来ます。
家の中では、歩行車を使ってトイレにも行かれますし、コンピュータの電源をご自分で入れてゲームを楽しまれます。
それから、一番多くの時間を、ご家族様が図書館から借りて来られた、本を読んで過ごしていらっしゃいます。いつ伺っても、前とは違う本を読んでいらっしゃるのです。
若い頃に読書家であっても、齢を重ねても、そのまま読書家という人はそう多くはいらっしゃらないように思います。本を読むということは、とても集中力を必要とするので、その気力が湧いてこないからなんじゃないかと思っています。
ても、この方は、「若い頃は、読みたくても時間がなかったから、今ようやく読める時間が出来た」と毎日、読書を楽しんでいらっしゃいます。
家庭の事情で、親戚の家で大きくなられたそうで、「人の顔色ばかり見てきました」とおっしゃる通り、96歳にもなれば自分のことで精一杯になって当たり前かと思いますが、そんなことは全くなくて、今も周りに気をつかってばかりで、私にも本当に気を使って下さるので、私はいつも恐縮してばかりいます。
この患者様の96歳のお誕生日を、子ども・孫・ひ孫様たちの四世代で外食をしてお祝いされたそうです。
そして96年の歳月についてお伺いしたら、「96年間、本当にたくさんの方にお世話になってきました」と話して下さいました。
今までもご高齢の方々のお誕生日をお祝いすることはありましたが、このような言葉が自然に出て来るのを耳にしたのは初めてです。
自分の過ぎた過去の苦労や今の生活ではなく、周りの人を思う気持ちが自然に出て来ることが、この患者様の普段のご様子から当然のことに思えましたし、御苦労の多かった人生だからこその言葉だと思いました。
そして、私が、仕事で関わらせていただけているありがたさに、私自身も本当に幸せな気持ちになりました。
「家族に迷惑をかけることを考えると、80で脳梗塞を起こした時に死んでたら良かったと思うこともあります」とおっしゃってましたが、この患者様がこの方らしく天寿を全うしていただけるよう、機能が維持出来るように関わらせていただけたら、私にとっても本当に幸せなことだと思います。